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2016-07-26

「勇気のある、たましい」〜わたしと、高校野球と、恋愛と、挫折と、気付きと〜


とやの
新潟の鳥屋野球場。なんて美しい景色。

わたしと、高校野球と、恋愛と、挫折と、気付きと・・・やっと書ける私になりました。そしてこれを手放して、またひとつクリアになった感じです。

夏の高校野球の予選が各地で行われていますね!

母校である新潟の「新潟明訓高校」は・・・

決勝戦まで進みましたが、惜しくも負けてしまいました。

6回裏まで、2対1とリードしていたんですが、7回表に7点と大量失点、続く8回も2点と、終わってみたら2対10という結果でした。

残念だった。でも、みんな、ここまでよく頑張ったよねって、思います。

負けちゃった直後は、「残念だったな〜」って思ってたけど、
少ししたら、悔しさとか、いろんな思いがこみ上げてきちゃって・・・。

なんであっこちゃんが?!って感じだと思うんですけどね(笑)

高校野球は、実は私を大きく成長させてくれて、そして今もなお、私に大きなエネルギーと気づきを与えてくれる存在です。

高校生の時の私には気づけなかったことが、数年、数十年たって、気がついたり、分かってきたりすることがある。

そう思うと、私の高校時代、結構濃かったな〜って思います。

半分高校野球、そして半分恋愛の話ですが・・・

 

野球が強い高校と、気づいたのは高1の夏。

夏の甲子園の地区予選が始まって、準々決勝とか?そのあたりでしょうか。
野球が強い学校だと初めて知りました(笑)

「新潟明訓高校」は、『ドカベン』でもおなじみ、野球で有名な高校だったんです。

私のクラスには1人も野球部がいなくて。
グラウンドも学校とは離れたところにあったので、野球部の存在を認識したことすらなく。
クラスと、部活しか世界を知らなかった、1学期の私。

学校の夏期講習中に、新聞に載っている同学年の野球部の子の存在を知り、衝撃でした(笑)そうなんだ、野球が強い学校だったんだ・・・、同学年で活躍しててスゴイな〜なんて。

その直後、ダンス部だったので、部活で急遽応援にいくことになり、必死に踊りの練習したな〜。

 

”信じる”ことの、スタートラインに立った日。

その後、明訓高校野球部は勝ち進み、甲子園出場!2回戦まで進みました。

「甲子園で踊る」という、なんだか夢のような体験をさせてもらいました。

7月後半まで野球部の存在すら知らなかった私ですが、その1ヶ月後には野球部の彼氏ができるという・・・。

人生って不思議ですね(笑)

いろいろな偶然がかさなり、そんな運びになりました。

 

付き合うときに最初に聞かれたことは、
「部活(野球)が1番だから、寂しい思いをさせちゃうこともあるかもしれないけどいい?」

でした。

もちろんそれはOK。
ってことは、友達が2番だから、私が3番くらいにきたらいいなー!くらいに思ってました(笑)

 

そして、その後数日してから。

「お互いが信頼できなくなったら、その時が終わる時だね」と告げられました。

当時の私にとっては、衝撃の一言でした。
なんで突然そんなことを!とびっくりしたけど・・・

なんて大人な人なんだろう。でも、そうなんだろうな。とも思いました。
(その数年後、そうなったので、本当でしたw)

今の私の人生の大きなテーマである、”信じる”ということ。
これが私の人生においてスタートラインに立った日が、この日だったなぁって思います。

仲間を信じることの大切さに気づかせてくれた。

私は、高校時代いちおう優等生の部類で、真面目で完璧主義な性格でした。
部活(ダンス部)でも部長でした。

「誰よりも自分が一番真剣に考えているんだから、自分が一番正しい!」って思っていたんです。

ダンス部の3年生最後の大会に向けて、創作ダンスの作品作りをしているときには、もう仲間とぶつかりっぱなしでした。

「なんでみんな私の言うことわかってくれないの!?」って思っていました。

もう全部なげだしちゃいたいくらい孤独に。

そんな時相談した私に、
「おまえが仲間を信じられなくてどうすんの?」と言ってくれた彼。

そこでハッと目が覚めたんです。
わかってくれなかったみんなが悪いんじゃない、みんなを分かろうとしない自分が悪かったんだ。

私がみんなを全然信じてないから、うまくいかないんだって。

そこから私の意識がかわって、ぶつかり合いながらも1つのチームになっていくプロセスを、おもいっきり楽しみました。

「私たちが今できる最高を!」が合言葉。最後の最後まで全力を出しきりました。

そして、県大会で優秀賞という、夢にも思わなかった結果が!!
ほんとに嬉しかった。
いろいろあったからこそ、ほんとうにうれしかった。

「本気で信じる」こと、「仲間と信じ合い、力を合わせること」の素晴らしさを初めて味わった瞬間でした。

そしてその仲間は、今でも私のかけがえのない大切な、心から信頼する仲間になりました。

仲間の大切さに、気がつけて、ほんとうに良かった。

いつしか私の夢になっていた「甲子園」

付き合ったばかりのころ、初めて家に遊びにいったら、『熱闘甲子園』のビデオを目をキラキラさせながら、長時間見せてくれたんだけど、全然ついていけなかった・・・
その時は、これからちょっと大丈夫かな・・・とは思いました(笑)

なんて、思い出もありつつ、

それから高校3年の夏まで、野球にひたすら打ち込む彼を見てきました。
雨の日も、雪の日も。オフの日も一人で練習しているみたいでした。

私も「甲子園に行く」っていう夢を、一緒に見させてもらっていました。

何か私にできることはないかなって、
超不器用な私が、人生初めての「鶴」を折るというところから、
せっせと千羽鶴をおりました。

2ヶ月くらいかかったかな・・・
いつも折り紙を持ち歩いて、休みの日は部屋にこもって。
2年前に甲子園出場を決めた決勝戦のビデオを何十回もリピートしながら、ひたすら折ってました。

今思えば、なんであんなことができたのか、不思議なくらいの集中力を発揮してた。
自分でいっちゃうけど、けっこう工夫もこらして、渾身の千羽鶴になりました(笑)
ほんといい思い出。

 

そして、夏の大会が始まる前には、ショートだった髪をさらにカーット!
「気合いれなきゃ=髪を切る」という発想だった私って一体・・・(笑)。

泣かなかった。泣けなかった。

準々決勝敗退。
予想外の、早すぎる敗退でした。
あの時の光景は、いまでも忘れられません。
突然の大量失点、その後、あっという間に試合が終わってしまったように感じました。

スタンドに向かって挨拶にならんだ選手たち。
泣き崩れている人もいたけど、彼は泣いていなかったので、私も泣いちゃいけないって思いました。だから、泣かなかった。

一番悔しいのは、私じゃなくて、彼だから。

 

そして、その半年後、彼とお別れしました。
ふられちゃいました。
「甲子園に連れて行ってあげられなかったことが、心残り」と手紙に書いてあったけど、わたしは一緒に夢を見させてもらって、頑張ってる姿を近くで見せてもらえただけで、もう十分最高でした。

それよりも、あの時、あの後、私にもっとできたことがあったはずなのにというのが、私の心残りでした。

 

そして、好きな人にふられるという・・・「人生の挫折」を味わいました^^;

これが人生の挫折だったと認識したのは、

「あっこにとって、今までで一番の挫折ってなに?」と友達に聞かれて。
大学卒業して少したってからだったけど。

その時思い浮かんだのが、この恋愛でした。

受験ではなく、私は恋愛で味わったんです^^;
挫折から学ぶことって、ほんとうに多いですね・・・

でも、ずっと忘れられなかった。”悔しい気持ち”

話は戻って・・・

高校野球を見ると思い出すのが、あの試合の最後の光景と、どこへもぶつけようのない悔しい思い。

この想いは、ずっと胸に残っていました。

大学に進んでも、7月になると毎年ソワソワしたり、切なくなったり。

せっかく新たにお付き合いした彼ができても、7月になると気持ちが新潟に。
結果、お別れするということを、1度ではなく2度もしてしまいました・・・

だからと言って、なにをする訳でもないんだけど・・・部活の練習で新潟に帰れるわけでもないし。

大学時代はそんなことを繰り返していました。
高校時代に戻りたい!って、思っていました。

でも、大学時代の私は人を信じる以前に、失恋の挫折が尾をひきまくっていて、自分自信すら大切にできていない状態だったので、

その時に、「私のことが好き」と言ってくれた方の存在には、本当にこころから感謝。感謝しきれない。私、支えてもらってたんだなって。
ほんとしみじみありがたかったな〜って思っています。

やっと手放すことができた、10年後の夏。

10年!!どれだけ引きずんねん!!って感じですが^^;
ずーっと過去に生きていましたね。。

社会人丸6年たった5月、大学卒業して入った会社を退社しました。
3ヶ月は遊ぼう!と決めていたので、自由に心の向くままにすごしました。

そして、念願の・・・「7月に新潟に帰る、そして高校野球の応援にいく!」を叶えたのです。

その時の思いを、書き留めたものがあります。

行きのバスの中、ふっと頭の中におりてきた。”新潟に帰る意味”
10年間、ずっと心にかかえてきた想い。

悔しさ、むなしさ、無力さ、行き場のない、想い。

これを、今、大きな愛に変換して、前に進む力にすること。

7/24決勝 VS 十日町高校。
勝って、後輩たちがリベンジしてくれて、嬉しかった。やっと長い夏が終わりました。(高3の夏負けたのが十日町高校戦でした)

決勝、見に行くか迷ったけど、前へ進む1歩に変えるためには、私にとって必要な1日だった。

ずっと自分の気持ちを誰かに分かってほしかった。
誰にも分かるわけないっていう気持ちもあった。苦しかった。

でも、自分の気持ちは自分にしかわからないことにやっと気がついた。
10年間、抱えてきた気持ち、それは全部私がつくりだしたエゴ。

あの日負けたからじゃない。自分のエゴだった。
10年かけてやっと気がついた。

「まっすぐで、強くて、キラキラした思い」がたくさんあったことに、明訓球児が気づかせてくれました。そして1人じゃないことも。

これから私はその思いを大切にしていきます。
やっぱり明訓は私の原点。いつか恩返しができたらいいな。
ありがとう、明訓。

 

高校3年の夏から10年たって、仕事も辞めて、ようやく0に戻れた、そんな感じでした。

そして、私が「つぶつぶ」と出会ったのは、この日から2ヶ月後のことでした。

”自分の夢を持ち、叶えるために進む私へ”

そんな過去に生きていた、想いが重いヘビー級だった私ですが・・・つぶつぶに出会い、

”今”を生きること。
そして、
”だれかの夢にのっかる自分”じゃなく、
”自分の夢を持ち、叶えるために進む私へ”と変わりました。

 

10年間抱え続けていた「むなしさ、無力さ、行き場のない、想い」や、苦しく切ない現実は、自分が作りだしたものだと気がついた。

”過去”って事実だけじゃなくて、自分の感情の妄想で作り上げていることがとてもたくさんあったということを知った。

そして、つぶつぶの学びで”過去は、今、私が変えられる”と学んだ。

だから、私に”過去はない”と宣言してみた!

そうしたら、変わり始めたんです。自分の気持ちも、状況も。
そして、少しずつ、少しずつ、軽やかに変化しています♪

勇気のある、たましい。

高校野球を見ると、無意識に負けた選手に感情移入してしまうクセがあって。
特に、高校野球って一発勝負の特殊な状態で、責任感、プレッシャーとか半端無いんだろうなと。

私が体験したわけじゃないから、これも妄想なんだけど。。

 

今回決勝で負けてしまって、ここまでやりぬいたことが(結果にかかわらず)スゴイ!のだけど、選手のみんなは落ち込んでるかな〜とか、ピッチャーの子は元気かな〜とか、いろいろ思っちゃって。

そんな心配に思っている時の顔って、渋い顔になってる。
これじゃエネルギーがどんどん下がっていっちゃう。勝手にネガティブなエネルギーを送られて、迷惑な話ですよね。ごめんなさい。

 

でも、ふと、歯を磨きながら、「勇気のある、たましい」って言葉が思いついて。

そっかー!!ってとっても私の中で腑に落ちたのです。

 

「大舞台で、悔しい想いをする。」

でも、それは自分にとって大きな大きな経験になる。

失敗はない。だからそれは、失敗ではない。
ムダはひとつもない。これからの人生にすべて生かされる。
経験こそが、生きること。

勇気を持って、その役をかっているんだと。

めっちゃかっこいいじゃん!!
なんて素敵なの!!
愛おしくてたまらないよ!!

 

そうしたら、私の勝手な心配のネガテイブな想いはサーッときえて、「ヨシ!」っていうエネルギー満タンな気持ちになった。キラキラ輝くこれからの彼らの姿をイメージできた。

私の高校3年の夏の、あの思い出される光景も、「ほんとうにすごい!勇気あるたましのみんなだったんだ!」て愛で包み込めた。

私の「勇気のある、たましい」が望むことなら、進んでみよう。

高校球児に限らず・・・みんな「勇気のある、たましい」の持ち主。
だって、すごい倍率を勝ち抜き、すごい確立で、今ここにいるんだから!

 

失敗はないと分かっていながらも、怖いと思うこともある。
でも、私の「勇気のある、たましい」が望むことなら、進んでみよう。

そして、間違ったとしても、うまくいかなくても、信じて行動した「勇気ある私」を褒め称えよう♡

ムダなことは1つもない。
行動を続ける限り、これからの人生で全てが生かされる。

と思ったのでした。

私も、私の勇気あるたましいとともに、進みます!

 

こんなふうに、今でも私にたくさんの気づきと勇気を与えてくれる、高校野球、そして新潟明訓の球児達に、心からの感謝とエールを送ります!

 

生まれ変わったら、高校球児になりたいなー!って、ほんとに思うの。
明訓ブルーのユニフォームを着て野球がしたい!

守備はどこかな〜。やっぱりセンターかな♪

 


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